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2010年2月

『鉄の骨』@吉川英治文学新人賞ノミネート

 この賞には、『M1』(第21回)、『空飛ぶタイヤ』(第28回)に次いで3度目のノミネートです。選考会は3月5日。さて、どうなりますか。

 仕事場では、『民王』です。

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祖母の死

 祖母が亡くなった。
 94歳。
 1月5日に倒れ、そのまま病院に運び込まれた。そのときには大事には至らず、一週間ぐらい様子を見て退院しましょう、ということになったのに、数日後に脳梗塞、そして肺炎を併発。
 それまで自分で歩き、普通に生活できるぐらい元気だった祖母が、言葉が話せなくなり、栄養は鼻からチューブで採らなければならない寝たきりの生活に。気の毒だった。お見舞いにいって話しかけても、言葉は出てこない。最後に行ったときには眠っていて、声をかけることすらできなかった。
 それから小康状態になり、入院生活は一ヶ月半に。病院から、これ以上の治療はできないから、そろそろ転院を検討して欲しいといわれ、さてどうしようかと考えていた矢先だった。

 高校時代、自宅から学校まで遠かったので、ぼくは祖父母の家に下宿をしていた。
 その三年間、祖母は、ぼくのために毎日朝ご飯を作ってくれ、欠かさずお弁当を持たせてくれた。嫌な顔はひとつも見せず、ぼくのためにひたすら愛情を注いでくれたのだ。
 無事に大学に入り、ここまで来られたのは、祖母のおかげだ。
 作家になってから祖母と会うと、「役場になにかいい仕事はないか」、とよく言われた。祖母にしてみれば、作家なんてロクな仕事じゃない。あんなに苦労してお弁当作ったのは、作家にするためじゃないと思っていたかも知れない。

 祖母が、ぼくの仕事をどれだけ理解していたか、わからない。
 だけど、祖母はいつも「オール讀物」を愛読していたから、たまにぼくの短編も読んでいたはずだ。
 感想は聞いたことがない。
 いつでも聞けると思っていたから・・・。
 聞いておけばよかったな。
 94歳の祖母がぼくの小説をどう読んでいたのか。

 葬儀は24日。
 棺の祖母に花を手向け、死に顔を見ていたら、涙が込み上げてきた。実は、あんなに世話になった祖母に、一度も「ありがとう」をいっていない。
 ちょっと照れくさかったから。
 ごめんな、おばあちゃん。
 だけどほんとに――ほんとうに、ありがとう。
 いまさら役場には就職できないけれど、かわりにみんなに喜んでもらえる小説を書きます。

 
 

 

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Twitter

 アカウントだけ、作ってみました。
 まだつぶやいてはいません。いまそれどころではないので。

 今日は、「文藝春秋」にエッセイをひとつ。その後、『民王』。

 

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クラい出版業界

 2月になって、本の売上げがさらに落ち込んでいるらしい。
 さらに、キンドルなどの新しいデバイスも生まれ、こうしたものが一般的になってきたとき、印刷製本して流通させるいまの出版業態そのものがどんな形になっていくのか、想像もできない。出版社も作家も、ただの出版不況に加え、構造不況とも戦わなければならない局面にさしかかっているわけだ。
 現状のセールスをみると、とても既存勢力の維持は難しいと思われるので、今後、相当な数の出版社や書き手が淘汰されるだろう。それはまったく人ごとではなく、私自身、かなり危ない。
 この話、書けば書くほどクラくなるので、もうやめる。なんとかしないと・・・。

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 新連載とか、『民王』とか

 やらなきゃならないこと、多数。書かなきゃいけない原稿、膨大。
 が、しかし、やる気が起きない・・・。ほんとに疲れてるなあ・・・。

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書かなきゃいけない

 原稿はたまっているけど・・・。
 ひと言――疲れました・・・。

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新連載『ブラックバード』@「別冊文藝春秋」

『ブラックバード』第一回掲載。「別冊文藝春秋」2010年3月号。
文藝春秋のウェブサイトで立ち読みできます。
Bessatsu1003

 さて本日は、『幡ヶ谷行き迷宮バス』第3回を書き上げて送信。100枚。
 その後、新聞小説『ルーズヴェルト・ゲーム』のゲラを最終回分まで手直ししてこちらも送信。
 明日から、単行本化の作業を少し。
 いま手元にあるのは、『仏蘭西ノオト』(早川書房)、『ようこそ、わが家へ』『下町ロケット』(以上、小学館)、『アキラとあきら』(徳間書店)、『民王』(ポプラ社)、『ルーズヴェルト・ゲーム』(講談社)。全部手直しと加筆が必要。『鉄の骨』の”次”になる小説だけど、少し目先を変えたいな。企業小説じゃないものがいい。

 これと同時に、「小説新潮」新連載準備。

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『幡ヶ谷行き迷宮バス』

 いま書いてるのは、『幡ヶ谷行き迷宮バス』。
 第二部第三回の100枚。
 一昨日まで新聞小説を書いていたので、実質昨日から。まず、20枚。今日もそのくらい書かないと締め切り(8日)に間に合わない。

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新聞小説最終回

 昨日20枚ほど書いた『ルーズヴェルト・ゲーム』。さきほど、連載分の長さに区切って、最終回まで送信。ようやく手が離れました。予定通り、全320回。
 各新聞社の皆さん、編集担当Kさん、一年間、ありがとうございました。
 本日午後から、『幡ヶ谷行き迷宮バス』(「小説トリッパー」連載)に移ります。

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新聞小説

 8日までに、「小説トリッパー」に100枚書かなきゃいけないことはわかってる。
 だけど、今日はとりあえず新聞小説『ルーズヴェルト・ゲーム』。朝から書いて、途中打ち合わせを挟み、いま16枚。320回迄で、終了させるつもり。

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慶応OB会

 土曜日、慶應義塾大学法学部の川口實先生のゼミOB会に、卒業以来初めて出席してきた。
 80歳を過ぎた先生は大変お元気で、私と顔を合わせるや「あの、アフリカの話はいつ書くんだ」とおっしゃる。学生の頃から作家志望だった私は、たしかに、アフリカを舞台にしたとある小説を書きたいと(内容は内緒です)お話していたのであるが、あれから30年近くも経ってなお、そのことを覚えていらっしゃるのだから、その記憶力たるや、驚きを通り越して唖然呆然の次元である。
 私もその小説のことをひとときも忘れたことはなく、むしろずっと温めてきたという思いがあるから、先生から思いがけず力強い励ましをいただいた気分になった。
 そのOB会、開会の挨拶の後、先生のお言葉は約50分。話はあちらへ飛び、こちらへ飛び、思いつくまま気の向くまま、インテリジェンスとウィットを交えて縦横無尽に展開していき、乾杯の音頭は開会から一時間が経過した頃であった。それにしても、法律家として毅然としたオーラを放つそのお姿は、「さすが我が師匠!」、と心の中で拍手したくなるぐらい輝いていた。
 ちなみに、川口先生は労働法の権威である。拙著、『幡ヶ谷行き迷宮バス』や、「別冊文藝春秋」での新連載をスタートさせたばかりの『ブラックバード』で組合活動について書くとき、やはり先生の薫陶は小説の血となり肉となって小説に生きている。
 拙著を持参してご挨拶申し上げたとき、先生からは「君の小説は全部読んでいる」といわれ、私は思わず息をのんだ。まさか、私の書く小説など先生が読まれるとは思ってもみなかったからである。しかも「『鉄の骨』はいま5刷か」と(実は6刷です)、増刷回数までチェックされていることも判明! 先生に読まれているとなると、緊張するなあ・・・。

 
 

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